大学生の雑記

読書や日常のささやかな記録

人生の分岐

なぜか、就職活動をしなければならない年齢になってしまいました。

そもそも、就職活動って何なんでしょうか。誰か私に教えてくれませんか。

 

こんなことを言っておきながら、普通に「遅いよ!」って言われるくらいに就活を始め、人材が多く欲しい業界を志望したこともあり、おそらく就活生のなかではうまいこといっている方だと思います。

ただ、ずっとずっと疑問に思っているこの「就職活動」。最近では早期化早期化と捲し立てられ、変に焦る人のなんと多いことか。第一希望に落ちたり、選考が全滅したりして、この世からいなくなることを考える人だっている。

そこまで、大事なんでしょうか。就職って。

 

本来なら、生きていけるだけの衣食住あれば万々歳だったはずで、時間なんてお日様を見て大体で把握して、気分が良けりゃ踊って、自分の誕生日とか大体で祝って。

まぁ、そんな原始的な生活にはもう戻れないけれども、なんか、「本来なら」って唱えることで、現代人の生活がいかにくだらないかって開き直れると思うんです。わたしが。

技術が進歩していく事で、遠隔でも人をあやめることができるようになっちゃったし。形式化された人生ルートを歩まないと簡単に「おかしい人」だと思われるようになってしまった。

でもこのパソコンと、ネットワークと、電気がないと、このブログも書けないわけだから、一概にくだらんとか言えないのが皮肉だな。

 

社会人になっても、ひねくれた痛い人間でありたい。社会人になったらみんなが当たり前に許容しているおかしな事象を、おかしいと思えなくなってしまうことが、怖い。

 

p.s.

5月なのでこんな変なことを言ってしまいました。みなさま5月病にご用心を。

年パスほしい

今週のお題「ちょっとした夢」ということで、こういうのもやってみよう!です。

わたしは、なにかの年パスが欲しいです。年間パスポート、いい、良い響き。

そもそも「なにか」の部分が決まっていないのでこれから考えます。

 

この地球で好きな場所をランキングにするなら、一位は遊園地です。二位は自室。

しかし自分が大好きな場所にすると、「飽き」が怖いですよね。思ったよりも飽きないのかな。自分は飽きっぽいですが、年パスを持ったことがないのでわからないですね。

としまえん遊園地とか年パスあったのかな…。エエーーーーーッ 嫌になってきた

ネズミランドだったら基本的にメンテナンスはいるので飽きないかな。雨女によるびっくり降水確率でも気兼ねなく再チャレンジできるな、

水族館…?年パス買っても買わなくても同じくらいの頻度になるかも

 

プラネタリウム、かもしれない。

プラネタリウムって、ただ星が降るだけじゃなくて、ちゃんと宇宙が感じられるようになっているし、大都市の夜景も見せてくれることがあり、そのときだけは大都市のこと大好きになります。間近で見ると息苦しいものも、景観だけ見るとたまらなく美しいと感じられて、なんか、見た目を気に出来る感性を持つ生物に産まれたことって素晴らしいな。きっと感性ってこんな傷つくためにあるもんじゃないだろうし。

 

プラネタリウムの年パスほしいです。この文書いて夢が出来ました!

 

 

 

散歩

学校に全く通えなくなったとき、わたしが心の病院に通うことを嫌がっているのを察した保健室の先生が「風邪ひいたら病院に行くのと同じなんだよ」と言ってくれたあの日よりずっと前から、散歩は自分にとって必要なものだったのではないか。

 

病院の先生にも、ネットの記事を見ても、自分の身を心配してくれる親にも、「散歩が大事だ」と言われ続けて、高校生の時に、一度だけ散歩をしたことがある。

近くになぜか散歩道があり、車も通らず、おじいちゃんおばあちゃんしかいない、草も適度に生えてて、なんというか、つまりすごく鬱にはよさそうだった。

そこを、ちゃんと散歩して帰ろう、と頑張ったところまでは覚えている。

今思えば、散歩という突発的な行動に「ちゃんと」とかない。義務感に駆られている時点で間違っていた。

結果は、半分もいかないところで、体力が尽きてベンチに座り込んでしまった。自分で歩くことが出来なくなり、親に迎えに来てもらう始末だった。

 

そこから5年ほどたち、無事に進学を果たした。どの講義も割と面白く感じられるし、嫌なバイト先も、思ったよりとっとと辞められて、人間になれた。

けれど、なんか嫌になってしまった。学校が、バイトが、家族が、とかそういう特定のコミュニティではなく、単純な人間関係そのものに。人は依存しあわないと生きていけない事実に。

そこで、現役適応障害だった頃よりもスムーズに散歩に行こう、と思い立った。

財布と携帯と鍵だけ持って、深夜、眼鏡もかけずに家を出た。

散歩道ではなく、ただの住宅街だったけれど、昼間では感じられない秋風が吹いていた。眼も悪いので視界がきらきらして綺麗で、何もわたしのこと否定しないなと思った。馬鹿馬鹿しいけれど、ほんとに、生きていける感じがした。

「そんなつもりはない」って言われるかもしれないけれど、ふと足元を見たら友人がくれた履き慣れていないサンダルを履いてて、「これ履き慣らすまでは生きていなくちゃな」と思ったりした。

 

そうして、結局るんるんで帰ってきて、こんなブログを書いてしまうわけだから、

わたしって単純だなと思う。そうして単純だから、高校の時死ななくてよかったなあと思う。

散歩、是非してみてください。

朝が好きな人は朝。夜が好きな人は夜。明け方でも日暮れ時でもいつでも、

人間には散歩をする選択肢があることを、大事な時にきっと思い出してください。

空白

お久しぶりです。いかがお過ごしですか。

私はというと完全にスランプでして、今まではふと浮かんだ言葉を形にしていたのですが、それが無くなってしまいました。

その事実が苦しくて、離れていました。自分はいません。

 

一時期は活字も追えず、終わりだと思いました。

でもなんとか少しずつ文が読めるようになり、一冊読破できました。

明日は久方ぶりに図書館へ行きます。

 

ただ最初に綴ったことは治っていません。なので自己満のこのブログ、読書の感想などもぽつぽつ書いていくかもしれないし、日記のような今までよりもくだらないものになるかもしれない。

 

 

わたしのひとりごと、少しでも覗きに来てくれた、くれる人。ここまで読んでくれたかた。感謝します。

 

 

p.s このブログ、初期設定すぎるのでもう少し華やかにするか悩んでいます

投票

参議院選挙がありましたね。投票、わたしは行きました。

政治のことはあまりよくわからないけれど、わからないなりに行きました。

 

わたしは痛いやつなので、「自分のこの一票で、世間が変わるかもしれない」と思って選挙に行きます。その後Twitterを見て他の人の考えに押しつぶされて、苦しくなるまでがワンセットです。

そして毎回思います。「投票してもなにも変わらないじゃないか」

結局毎回選ばれている人が選ばれて、だからこれまでとはなにも変わらなくて。

実をいうとわたしは変化を楽しみたいだけなのかもしれない。変わらないこの世を、変わるのが見たいだけなのかもしれない。

 

政治に無関心な人に無理強いをして投票させてもきっと多いところに入れるだけだから変わらない、と思います。難しいですね。軽い気持ちで書き始めたこと後悔しました。

あつい

最近、暑いですね。いかがお過ごしですか?

わたしはというと、外に出る用事が今日までなかったので、酷暑になってから外に出ていません。冷房の効いた部屋でカーディガンなんか着て、こうしてパソコンをカタカタする日々でした。

新しい環境に飛び込んで、kimatuとやらが来るのをひしひしと感じて痛いです。夏なんですね。

「明日40度らしい」と、風のうわさで聞くくらいで、

でも、明日は外に出なくてはいけません。

早く寝なくては、と思うのに、どうも体が動きません。

 

この自堕落も全部、夏のせい、というのはどうでしょう。

 

 

泥沼だね

わたしには大学生の姉と高校生の弟という人たちがいます。

高校生の弟は、出すレポート受ける試験すべてが好成績で、本人もそれを自覚して嬉しそうに親に話します。親も、弟はこんなにすごいと、わたしに報告します。

姉はサークルの代表で、出す課題もいい評価ばかりで、人望もあります。親も素直に就職には困らないね、と言いました。

 

わたしはなんて言われたのかというと、

「姉や弟はお父さんに似たんだね。貴女はお母さん似だね。ごめんね。」

「でも貴女はよく頑張っているよ。」

 

悲しくて、口角をあげることしかできなかった。

親は、なにも悪くないです。こんなわたしでも、姉弟と変わらず愛してくれます。

罵られているわけじゃないから、余計に………。

 

頑張るだけではなにも変わりません。結果が少なからずついてこないと、評価されないじゃないですか。なんのために頑張っているのか、